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認知症治療法の確立をめざして

生命環境学部矢尾育子 教授【後編】

バイオテクノロジーブームの中で農学部に進学

 私は子どものころはおとなしくて、引っ込み思案だったようです。動物や植物が好きでした。中学生のころから理科や生物に関する仕事に興味を持ち、獣医か医師をめざそうと思ったこともあります。高校は公立の普通科で、理系に進みたい生徒を集めた「理数コース」で3年間学びました。薬学部か理学部の生物系の大学に進むことも考えましたが、当時はバイオテクノロジーブームで、農学部が脚光を浴びていたことから、漠然と「社会の役に立つ」ことができると考え農学部を選択しました。研究室配属では食品栄養化学講座に所属、卒業研究の内容は「肝臓のホスホグルコムターゼの活性に外的環境が与える影響について」。「この酵素が過酸化の指標になるのでは」という指導教員の考えのもと、研究を行いました。研究室ではフラボノイドの抗がん作用をはじめ、食と健康に関わることを学ぶことができました。このときの経験は今も自分の興味や関心に根付いていると感じます。

参加したプロジェクトが大学院進学のきっかけに

 大学卒業を控え、就職活動の時期を迎えました。大学院に進学するか、企業に就職するか。当時私のいた学科では、男子学生は大学院に進学し、女子学生は就職することが多く、私も就職活動を始めました。今振り返っても、無意識のジェンダーバイアスにとらわれていたのだと感じます。日本はまだまだですが、少しずつでも改善していきたいですね。そんな固定観念の中で始めた就職活動でしたが、「自分探し」が終わっていなかった私は、人の役に立つ仕事をしたいけれど会社勤めでできるのか、働くなら好きなことを仕事にしたい、学部卒でも研究に関係あることができれば、から始まり、なぜ働くのか、なぜ研究するのか、自分は何をしたいのかを問い続ける日々でした。そんなとき、ある研究プロジェクトの技術員の求人を大学の掲示板で発見。3年の期限付きでしたが、「研究とは何なのか働きながら考えたい」と応募したところ、採用。就職活動はそこで終わりにしたため企業に就職しなかった、というのが本当のところです。そのときの研究テーマが神経科学でした。プロジェクトは3年で終わってしまい、「これからどうしようか」と思っていましたが、当時直属の上司だった畑 裕先生が東京医科歯科大学で独立され、同大学の大学院へ誘ってくださいました。民間の製薬会社に就職する選択肢もあったので、そこで上京したことが私にとって1つのターニングポイントとなったのだと思います。

仮説を立てて実験を設計する楽しさを知った大学院時代

 技術員時代は指示された作業を行うのがメインの業務で、その他にセミナーや学会への参加、論文作成の経験を積みました。それでも、研究とはどういうものかまだ自分の中ではっきりとはせず、「もう少し研究してみよう」と畑先生の勧めに従い大学院に進学しました。技術員の経験を修士課程修了に読み替えたので、博士課程からのスタートでした。大学院時代は自分で仮説を立てて実験を設計するようになり、研究の面白さも味わうことができ、学位を取得。大学院修了後は三菱化学生命科学研究所に入所。その後、関西医科大学、浜松医科大学で勤務して、関西学院大学に赴任しました。こうして振り返っても、研究者になるきっかけを与えてくださった畑先生には本当に感謝しています。

「面白がる」ことを大事にし、失敗を恐れずに実験に臨む

 研究室の皆さんによく言うのは「『面白がる』ことを大事にして欲しい」ということです。研究・実験では、「やってみて初めて分かる」ことが数多くあります。得られた結果に対して「どうしてこうなるのか」を考えながら、好奇心を持って研究を進めて欲しいと思います。実験をしていれば、当然失敗したり、思っていた結果が得られなかったりすることも少なくありません。失敗すると気分も沈みがちですが、「失敗を次に生かす」という心構えで臨んで欲しい。研究だけに限りませんが、行き詰まったら、複数の視点から考えることが重要。一つの視点でなく、「次はこの方法でアプローチしよう」とポジティブに考える。そうすれば自分も周囲もハッピーになれると思います。

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