What We Want Students to Learn

工学部田中裕久 教授【後編】

ビートルズのジョージ・ハリスンが教えてくれたこと

「モノがあることは幸せか」。バブル経済時に疑問を覚える

 私は子どもの頃はプラモデルやラジオづくりに熱中。その一方で旧約聖書の世界や、仏教の世界観にとても強い関心がありました。特に釈迦が「所有するから悩む。モノなんか無くても良い」と説く姿をかっこいいと感じていました。また小学生の頃からビートルズを聴き、インド音楽に傾倒したジョージ・ハリスンに魅かれていました。大学はセラミックスの勉強ができる学科に入学。卒業後、大学での研究を活かせる職場に就職しました。社会人になってバブル経済を迎え、モノがあふれる生活をしているうちに、本当に「モノは人を幸せにする」のだろうかと疑問を感じました。学生時代から「モノがない方がかっこいい」と感じている自分と、モノづくりの会社にいて楽しく仕事をしている自分、という矛盾した状態にモヤモヤ感を覚えていました。

サハラ砂漠、そして東へ。矛盾解消の答えはみつからず

 そしてついに、矛盾した状態でこの先何十年も仕事はできない。モノのない世界で自分はどう感じるのかを試そうと決意、会社に辞表を出してサハラ砂漠に向かいました。砂漠と向き合う中で「いらないものをいっぱい背負って生きてきた」と感じました。では、「モノづくりが好きな自分」はどう生きたらよいのか。その答えを探すために東へと向かいました。エジプト・紅海・シオンの丘などの旧約聖書の世界、ベツレヘムやゴルゴダの丘などキリスト教の聖地、中東からシルクロード、そして憧れのインドにも足を運びましたが、答えが見つかるはずもありません。それは問いが悪いからだと思い、「モノは人を幸せにする」を仮説にし、日本に戻ってものづくりを通じてそれを証明しようと考えました。帰国後、友人の薦めでダイハツ工業株式会社に入社。それから約30年間、私は「モノは人を幸せにする」という仮説を証明するために、自動車という「モノ」を対象として数々の研究開発に取り組む日々を送りました。

たどりついた「解」は、「答えは一つじゃない」

 こうした考えにいたったのは、キリスト教や仏教の影響だけでなく、ビートルズ、中でもジョージ・ハリスンの影響が大きかったですね。もともと仏教に惹かれていましたが、ジョージのおかげでインド音楽や伝統医学にも興味が拡がり、何度かインドを訪れ、伝統を重んじながらも毎日を力強く暮らしている人々の生活に触れたことで、世界観が変わりました。聖と俗が渦巻き、混在しながら新しい活力を生み出している、そんなイメージです。インド思想の特徴を一言で言えば「答えは一つじゃない」ということ。「モノがないことが幸せ」だと感じる自分も、「モノづくりが好きな自分」も決して矛盾しないのです。この考え方は、自動車排ガス触媒開発のヒントにも繋がりました。従来の触媒では耐久性を上げると性能が下がることが問題でした。本来両立しない耐久性と性能をがむしゃらに頑張って同時に上げるという考えから転換し、「働いた後は自分を癒す」という力まずバランスのとれた状態を目指す別解を導き出し、新しい地平を開いたのです。これはインド思想から学んだと言えます。

現代には存在しない、未来の新しい技術につながる研究を

 学生のみなさんと研究室でご一緒する期間は、学部で卒業する場合は4年次の1年間、大学院修士に進学した場合はさらに2年増えて3年間となります。私の研究室ではどちらの道を選んだとしても、スクールモットー「Mastery for Service」を体現すべく、世の中の役に立ち、研究のよろこびを感じられるテーマに取り組んでもらいます。ただし、今の時代にすぐ役立つ技術かどうかという視点では無く、50年後、100年後には普通に使われているはずなのに、今は存在しない技術を自分たちが立ち上げていく。「誰かの手によって発明され、100年後に一般化した技術の根本を実は自分たちが担っていた」というのは、研究者冥利に尽きると私は思っています。学生のみなさんには、冒頭で挙げた4領域だけでなく、自由にテーマを設定してもらいます。その際、「100年後に向けて、こんな研究をすべき」と提案してくれることを期待しています。人生100年時代と言われますが、1900年における日本人の平均寿命は44歳、それが2000年には80歳となり、さらに医療技術が進歩していくと120歳に届くとも言われています。2000年以降に生まれたみなさんならば、2020年代に大学で自分たちが研究・発明した技術が、その後100年間に渡って発展・普及していくのを実際に体験できるのではないでしょうか。