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学問的手続きで物事を発見する手法を学んで欲しい
文学部松浦菜美子 助教【後編】
言葉の観察と社会的・歴史的視点の往復から見えてくるもの
私のゼミでは近代の詩を対象に、詩の中でどのような表現が試みられているのかを研究しています。詩の観察から言葉の生み出すイメージや感覚を丁寧にとりだすとともに、詩の表現の背後にある思想や同時代の諸芸術の動向、社会的・歴史的背景も踏まえていきます。前述のように、19世紀は現代社会につながる大きな変化が起きた時代。社会の価値観や人々の生活が大きく変わる中、詩人たちはどのような新しさを求め試行錯誤したのでしょうか。詩人たちが自分の生きる時代と対話し葛藤しながら言葉の可能性を広げていく様子を、綿密なテクスト分析と社会的・歴史的背景の調査を往復しながら浮かび上がらせる。このことが私のゼミの一番の目標です。
読書感想文からの脱却と研究というスタンス—表現がどう作られているかに注目したい
文学の研究と聞いて読書感想文を思い浮かべる方もいるかもしれません。あるいは作者のメッセージや登場人物の心の動きを追う国語の設問など。しかし私が重視するのは言葉がどのように使われ、どのような効果を発揮しているのかということです。作品に対する主観的な感想や想像ではなく、確かな手がかりをもとに、言葉の働きや効果を論理的・説得的に述べるという科学的・学問的態度を大切にしています。最近、映画を短く編集した違法動画「ファスト映画」が問題になっていると聞きます。これは内容をさくっと理解したいという欲望から生まれたものだと思いますが、芸術作品の醍醐味は「内容」だけでなくむしろ「表現」にあるのではないでしょうか。芸術作品はその中にあるすべての表現を含めて一つの作品です。作品の物質的な手触りをひとつひとつ確かめながら表現の斬新さや意義を吟味することが、芸術の研究では重要だと考えています。
批判的思考は社会を変えていくうえで大事な力になる
「フランスの詩を学んで、自分の人生に役に立つのか」と感じている受験生の方もいるかもしれません。「役に立つ」とは何なのかという問題もありますが、文学研究は現代社会を生きていくうえで大事な力を養うことになると私は思っています。私たちが行っている研究では、実際に文献資料を集め、それらを読み解き、批判的思考で検証する作業を行います。これは社会の中で様々な情報を収集・吟味し、課題を発見するプロセスと同じです。フランス近代詩の研究を通して、当時のフランスや言葉の繊細さを理解するだけでなく、自分が集めた信頼できる資料・情報から客観的な議論を組み立て、他者と対話し、精度の高いオリジナルな情報を生み出す訓練をしていると言えます。そうして身に付けた力やある種のタフさは、社会の様々な問題の解決に寄与すると思いますし、端的に言って社会をよくすることにつながると考えています。さらに、フランスの社会や歴史、言葉の奥深さについての知識や経験は、人間そのものや現代社会に対する深い理解につながるでしょう。これは一生かけて育てていくことのできるものでもあります。
本のページをめくり、未知のものと出会い、自分の世界を広げて欲しい
私は大分県で生まれ育ったので、大学進学のために京都に行くこと自体おおきな冒険でした。さらにその後、フランスの大学の博士課程で研究を進め博士号を取得することになるのですが、そのこともまた、自然の中でのびのびと遊んでいた子どもの頃からすると考えられないことです。自分がいつかパリに留学し、フランス文学の研究者になるとは夢にも思っていませんでしたから。ただそのきっかけになったのは太宰治の『人間失格』やその後の読書、「芸術って何」という疑問でした。一冊の本との出会いが新たな世界をどんどん開いていくこともあるのです。これから大学に進むみなさんには、自分にとって未知のものを恐れず、自分が思っている自分というものの殻を破って、自分の世界や可能性を広げていってほしいですし、何か疑問があれば気長に追い続けてほしいです。本をめくると、自分の「いま・ここ」を一旦離れ、別の時代や別の国の様々な人・考え方と出会うことができます。その意味でも、本を読むということを大切にしてほしいと思います。